自由からの逃走 エーリッヒ・フロム

自由主義体制は自動機械を、ファシズム権威主義的性格を逃避のメカニズムとして生み出し利用している。消極的自由〈・・からの自由〉の結果、孤立した大衆が匿名の権威〈自由主義〉やサドマゾとしての死の欲動ファシズム〉に隷属を求めるようになった事が原因である。

解決策として提示されるのは自発的活動による自我の強化である。中世のカトリック教会が自発的活動の模範とされる。しかし圧倒的物量で豊かさや幸福、ライフスタイルが画一化されている現代社会に自発的活動はあり得るのだろうか。漁師のように自分の裁量で天気を予測しなければならない自発性を犠牲にした結果、現代の物質的豊かさが実現されたのであれば、電車のホームで各自が自発的に動いてしまうことは一つの恐慌となる。自発性のために物質的豊かさを手放すことはあり得ないだろう。もっともフロムは計画経済と自発性の両立も説いてはいるのだが、具体的な解決策は提示されていない。

現在の自由と隷属の二項対立の結果、より高度な自由があるとしてもそれはより高い隷属の裏付けがあって初めて可能となるものだろう。