桜島 梅崎春生

桜島に暗号特技兵として赴任することになった私はある町で耳がない女からそこ(桜島)で死ぬのねと死の予兆を受ける。桜島での軍隊生活は戦争によって心の中に鬼を住まわせた吉良兵曹長の死生観と人間が蛾のようにもろく亡んでいくことを「奇体に美しい」と言う栗の木の下の男のそれの対比によって展開する。

栗の木の下の男はグラマンの戦闘機によって無残に殺され、吉良兵曹長は本土決戦、自決のために抜き放った軍刀を鞘に納める。三十年間の探求の意味が死の瞬間に明らかになることを恐れていた私は美しく感傷的な死を迎えることもなく暗号室に向かう吉良兵曹長とともに泣きながら坂を一歩一歩下っていく。

戦争時の桜島は私に静かな安らぎを与え、終戦後の桜島は赤と青との濃淡に染められた山肌で私に天上の美しさを感じさせる。

暗号兵たちが船団を夜光虫の群れと誤認したように、桜島では軍隊のヒエラルキー(吉良兵曹長)や死に対する美学(栗の木の下の男)が桜島=自然そのものの圧倒的な力によって解体されてしまっている。